1 はじめに 2014年はじめに起きたウクライナ紛争を契機 として, ロシアは国際社会の同意を得ない形でク リミアを自国に編入した.欧米諸国は,ロシアの この動きに外交制裁で応じた. ウクライナ東部の 情勢が緊迫化するにつれて, 欧米諸国によるロシ アへの制裁は経済制裁へと発展した. 現在におい ても制裁は続けられ, その内容が強化される傾向 にある.一方で,ロシアも欧米諸国に対抗制裁を 実施している. このような国際関係の悪化は, ロシア経済を低 迷させる一因になっている. ロシア財務省は経済 制裁が毎年400億ドルに上る経済損失をもたらす と見積もっている(Dreyer and Popescu, 2014) . Gurvich and Prilepskiy (2015) は,短期的には,制 裁によって GDP の2~3%分に相当する経済損失 が生じると評価している. IMF (2015) は,経済制 裁と石油価格の影響の区別は難しいと留意しな がら, これらの要因がロシアのGDPを 1 %程度縮 小させ, 中期的には GDP の 9 %分に相当する経済 損失をもたらすと予測している. さらに, Shirov et al. (2015) の試算では,制裁が長期化した場合に, ロシアは GDP の 8 ~10%分にも及ぶ経済的な損 失を受けると評価されている. このような複数の試算は, 経済制裁がロシア経 済に対して否定的に作用する可能性をはっきり と示している.しかし,その影響の定量的な評価 自体が難しいこともあり, 影響の有無や程度に関 して,研究者の間で合意は得られていない.この 背景には,ロシア経済の低迷が,相互に作用しあ う複数の要因によって規定されているという現 状がある.すなわち,国際資源価格が高かった 2013年には既に,成長の鈍化傾向が生じており, この低迷状態の中で, 油価の急落と経済制裁がほ ぼ同時期にロシア経済を直撃した. 制裁は油価や 為替レートを介してもロシア経済に影響を及ぼ す.さらに,以前からあった構造的な経済問題が ウクライナ紛争や制裁を契機として深刻化した という見方や, 世界金融危機のダメージが残存し ているという見方が研究者によって示されてい る 1) . こうした複雑な状況は,一方では,経済制裁の 影響がない, または限定的であると評価する見方 を,他方では,経済低迷の説明に際して他の要因 を, 特に資源価格の低下を重視する見方を生み出 す背景になっている 2) 3) .しかし,複数の影響要 因の中から経済制裁のインパクトだけを取り出 す こ と は 極 め て 難 し く ( Dreger et al., 2015; Nelson, 2017) ,それらの個別の要因が経済へ与 対ロシア経済制裁の影響-ERINA 企業調査に基づく 東西地域企業の比較分析-* 志田仁完 要旨: 本稿は,2015年第 4 四半期に実施された企業調査の結果に基づき,対ロシア経済制裁が企 業経営に与える影響を検証した.分析は主に次の点を明らかにしている.第1に,企業経営幹部は, 経済制裁が自社の経営に与える負の影響を,世界金融危機や欧州ソブリン危機と同程度において深 刻な問題として評価している.第 2 に,金融危機の影響とは異なり,経済制裁の影響の評価には地 域差が認められない. [キーワード:経済制裁,ロシア経済,世界金融危機] [特集:現代ロシア企業の組織と経営-ERINA 企業調査に基づく東西比較]
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対ロシア経済制裁の影響. (2018). Japanese Journal of Comparative Economics, 55(2), 2_51-2_70. https://doi.org/10.5760/jjce.55.2_51
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