ニホンジカのつよい採食圧による自然林への影響が顕在化している。たとえば、樹皮剥ぎ(Asashi and Nakashizuka 1999)、稚幼樹の更新阻害(Takatsuki and Gorai 1994, Nomiya et al. 2003, Ito and Hino 2004)、希少種の絶滅危惧化(井上2003、南谷2005)。シカ類から植物を保全する対策として、シカ類を捕獲する個体数管理と、物理的に保護する植生保護柵の設置がある。国内各地では、どちらか、もしくは両方の対策が取られている。しかし、シカ類の個体数管理で植生が回復した事例はほとんどなく、ニュージーランドで導入したアカシカをヘリコプターから狙撃して個体数を管理した例がある程度である。(Rose and Platt 1987)。柵による植物回復については、木本稚幼樹の更新に関する報告が多く、柵内で定着および成長することが明らかにされてきた(Ito and Hino 2004, 2005, Kumar et al. 2006, 田村2008)。柵による多年生草本の回復についての報告は少ないものの、地上部から焼失した主の回復(田村ら2005)、開花率の増加(山瀬ら2005)がある。国内では将来的に狩猟者をはじめとした個体数管理の担い手人口が減少していく(環境省2007 第三次生物多様性国家戦略)ことから、今後自然林の保全では柵の設置が必要不可欠になることが予想される。木本は、その繁殖器官がシカの採食範囲を超えれば、環状剥離されない限り継続して種子を供給できるため絶滅する可能性は小さい。本研究の目的は、柵の設置年の差異が多年生草本の回復に及ぼす影響を明らかにする。柵は金属製、高さ2m、広さ60m×20m、45m四方、40m四方など。(考察)本研究では、柵の設置が遅れると回復が困難な多年生草本がある一方、退行後10-16年程度の間では柵の設置年に影響を受けない種もある。休眠中の埋土種子や地下茎が存在していれば、さらなる時間の経過後にシカの採食圧で消失した種や個体が出現する可能性もある。柵の問題点としては、シカの密度や季節的な採食の変化を操作することができないことや、植物の反応は非線形であることを無視していることなどの問題が指摘されている(Watkinson et al.2001, Rooney and Waller 2003, Knight 2004)が、緊急避難的に保護ないし回復する手段として柵は効果的であるといえる。現状では、シカの個体数管理が成功している事例は極めて限られている(梶2006)ことから、柵の設置が植物の保護ないし回復の手段として重要な役割を果たすと考えられる。
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田村淳. (2010). ニホンジカの採食により退行した丹沢山地冷温帯自然林における植生保護柵の設置年の差異が多年生草本の回復に及ぼす影響. 保全生態学研究, 15(2), 255–264. https://doi.org/10.18960/hozen.15.2_255
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